大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉家庭裁判所 昭和56年(少)2930号 決定

少年 W・T(昭四一・一〇・二八生)

主文

少年を強制的措置をとることのできる教護院に送致する。

少年に対し、昭和五六年一〇月二日から向う一年間に、六〇日を限度として、強制的措置をとることができる。

理由

(虞犯事由及び虞犯性)

少年は、中学三年の夏休み中である昭和五六年七月二一日、同年八月一三日及び同月二一日に家出を繰返し、その都度家に連れ戻され、同日二九日に再度家出し、同年九月一〇日に警察署に保護されたが、家出している間は友人宅等を泊り歩き、二日に一回位の割合で友人らとシンナー吸入に興じていたものである。

少年は、小学校三年から六年までを教護院で過ごし、中学校入学直前に親元に引取られたが、継母との折合が悪く、現在、少年自身家へ帰ることを希望せず、加えて継母も少年の引取りを拒否しているという状況であり、したがつて、このまま放置すれば、少年は家出、シンナー吸入など自己の徳性を害する行為を繰返し、窃盗等の犯罪を犯す虞れがある。

(法令の適用)

上記虞犯事由及び虞犯性につき、少年法三条一項三号ロ、ハ

(処遇の理由)

一  少年は、父W・M、母W・I子との間の子供であるが、父母は少年の生後間もない昭和四二年に別居し、しばらくは父母両方の祖父母らの手で育てられたが、少年一歳半位のときに、養護施設に収容され、約一年半の間、同施設で養育された後、実母W・I子方に引取られた。父は、昭和四三年実母W・I子と離婚し、昭和四四年ころからクラブのホステスだつたK・U子と内縁関係をもつようになり、昭和四六年ころ、実母W・I子方が少年の養育を拒否したために、父が少年を引取つた。K・U子は少年に愛情をもつて接したので、少年も同女を母として慕つていたが、昭和四九年ころから、父の異性関係等が原因で、父とK・U子は別居するに至り、少年は不在がちな父との生活を送ることを余儀なくされた。

少年は、昭和四六年四月に小学校に入学するも、登校せず近所の子等と遊んでいることが多く、屡々家出や万引等を行い、昭和四九年一二月(小学校三年)に、教護院である○○学校入校となり、小学校卒業まで同校で過ごした。父は、昭和五〇年に現在の妻であるW・E子と結婚(婚姻届は昭和五二年)し、少年は昭和五三年、中学校入学直前に、父と継母W・E子のもとに引取られた。しかし、少年は、二人目の母であるK・U子への思慕が強かつたため、継母W・E子に親和できず、家庭復帰数ヶ月後には金銭持出や家出をするようになり、継母W・E子も少年の異母弟二人(現在五歳と三歳)をかかえ日常生活が忙しいこともあり、少年の行動には手を焼くようになつた。

二  少年は、中学二年の夏ころから、暴走族の集会に参加したり、暴走族仲間とシンナー吸入をするようになつて、非行化が進んだが、中学校へは怠学せずに通学していたし、同校の先生達の熱心な指導・協力もあつて、学校内では、とくに問題行動は発現せず、明るく生活していた。

三  少年の知的能力は限界級(IQ=七三)で、精神的にもかなり未熟であつて、問題行動をとつた後、それが人に発見され注意を受けるまで、自分の問題行動の意味を考えることがないため、同じ失敗を繰返し、内省が一向に深まらない等、少年自身に多くの問題をかかえているが、このような人格形成要因として、上記生育過程の不遇さが考えられよう。とくに、少年は肉親の愛情に恵まれず、実父も少年が教護院に収容されている間、ほとんど面会に行かなかつたばかりか、少年の問題行動が発現したときだけ叱責を加えるという態度であり、家庭の中には少年の精神的に安心できる場が存在しなかつたという点が、少年の本件非行の一番の原因だつたと思料される。そして、現在、少年は学校には行きたいと思うが、家には帰りたくない旨述べ、また継母W・Eも少年の引取りを拒否する姿勢を崩そうとしない。

四  以上の次第であるから、今、少年を帰宅させれば、再び家出するであろうことは容易に想像できるところであり、また、少年の非行は現段階においてそれほど反社会的なものではないので、この際、少年を教護院に送致することとし、家庭的な雰囲気の中で、少年の情緒的安定と精神的成長を促し、基本的な生活習慣を身につけさせることが最善と思料する。

更に、少年の上記性格及び行動傾向更に最近の無免許運転で補導された事実等を考慮すると、無断外泊その他規律違反をする虞れも十分考えられるので、そのような場合には教育目的上、強制的措置をとることが必要であると認められるので、その期間としては本決定から一年間に限り六〇日間を限度とするのが相当である。

よつて、少年法二四条一項二号により、主文のとおり決定する。

(なお、上記決定に対する法律上の問題点について付言する。一般に、強制的措置は、少年法六条三項、同法一八条一項により、都道府県知事又は児童相談所長からの事件送致があつて、裁判所がこれを相当と認めたとき、これを許可する趣旨で期限を付してとるべき措置を指示し、事件を知事又は児童相談所長に送り返すという形で行われているが、本件は、同法六条三項による要強制保護事件でないにもかかわらず、同法二四条一項二号により主文のとおり教護院送致及び強制的措置許可の決定を併せてなしたものである。本件のような事件において、裁判所が、調査官調査及び審判を経て、教護院送致処分が適当と考え、かつ逃走及び規律違反の虞れの十分窺える少年であるため強制的措置の必要を思料した場合に、同法六条三項による再度の事件送致を待たなければならないとすると、少年の適正かつ時機に合つた保護・教育は期し難くなると言わざるを得ない。また同規定の趣旨は、要保護少年に対する強制力の行使を行政機関の独自の裁量に委ねることを適当とせず、その当否につき司法機関の判断を経なければならないとするところにあるので、同趣旨に反しない限り、同規定の場合以外にも強制的措置が許される場合があると解することは可能である。本件は、初等少年院送致相当の処遇意見が付された警察官からの送致事件であり、かつ審判に児童相談所職員が出席して、教護院送致の場合には強制的措置が必要である旨意見を述べており、このような場合には、主文のとおりの決定をしても、同規定の趣旨に反する虞れはないばかりか、裁判所と児童福祉機関との連携が保たれているので、児童福祉機関による少年に対する適正・迅速な保護的措置が期待しうると考える。)

(裁判官 宮本由美子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例